忠岡町議・勝元ゆかこの町政日記

怒れる住民が議員になった!! 忠岡町を大改革!!

コッソリ座談会 〜遅れてきた国民主権と民主主義〜

 

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忠岡町国民主権

 〜私の支援者さんたち〜

4月に活動ニュースを町内に配布して以降、いつまでも古く閉鎖的な忠岡町に不満を抱いていた住民の方々から、ご支援の声を頂く機会が増えました。

 

そして、私を応援して下さっている住民さんというのは、基本的に「表に姿を現して応援できませんが…」と、「コッソリ」「匿名で」という方々がほとんどです。

というのも、意外かもしれませんが、どうやら私の支持者の方々の多くは線路から海側地域のディープな地元民地域に住んでおられる町民さんをはじめ、地元民の方々のようで、すぐに役場や議会、それから忠岡町○○委員や受注業者といった「町政関係者」にブチ当たるからです。

 

だから、投票して頂いた私自身、私に投票して下さった方や応援して下さっている町民さんのほとんどがどこのどなたなのかサッパリわかりません(笑)

 

◎ 変わり始めた忠岡町民と選挙 ◎

これまでの忠岡町では、「親戚の数で選挙が決まる」「地縁・血縁のない候補者は選挙で勝てない」と言われてきたようですが、私みたいに、忠岡町内に地縁・血縁といった親しい人間関係の全くない人間が、ただただこれまでの活動実績だけを住民に評判して頂いて選挙で当選していること自体、もはや今までの「頼まれたから投票した」「頼めば当選できる」が通じない時代に忠岡町もなってきたということです。

そして、そのことこそが、子どもたちにも中学社会科(公民)で教えている

といった憲法で定められた(戦後の)当たり前の日本社会のシステム」、特に国民主権」に大人たちがやっと目覚め始め、実行しはじめたということではないでしょうか。

 

 

匿名にせよ、姿を現すにせよ、私が支援者の方々と関わってきた感覚からすると、地元民の方たちだからこそ、癒着だ何だと私が問題視している忠岡町政の腐敗の内容をよく知っていて、恐らく、よそ者の私なんかよりもずっと詳しい内情まで知っていて、だから、私なんかが忠岡町に現れるよりもずっと前から不満に思っていたようです。

逆に、他所から忠岡町に引っ越してきた駅上の新興地域の住民の方々は、逆に、そうした忠岡町政の腐敗のことなど知らないし、あまり関心がないのだと思います。

そもそも、忠岡町で選挙の投票に行くのは地元住民さんが多く、新興住民の方たちは、あまり政治に関心がなく投票にも行かない無党派層なのではないかと私は分析しています。

 

 

 

忠岡町のビックリ事情

 〜村八分・人権侵害〜

今でこそ、忠岡町内の狭い(ねちっこい)人間関係のしがらみや、私の支持者の方々の置かれている状況などもわかるようになりましたが、議員になった当初、私が一番ビックリしたのが、「勝元議員と町政のことで話がしたい」と面談を希望される方々に「では役場6階の議会事務局で…」とお伝えすると、皆さん口を揃えて

「役場には行きたくない!!」と。

役所に行きたくないなんて、考えられなかった私は、理由を聞くと、とにかく皆さん「顔がさす」。中には、

役場内で誰が見てるかわからない。役場に行ったらすぐに近所の人にも広まって、『アンタ昨日、役場に行ってたんやてなぁ。何しに行ってたん?』とか聞かれるから役場に行くのは嫌だ!」

と仰る方もいて、民主主義国家の現代日本とは思えない忠岡町の実情に、ビックリしつつも、ようやく忠岡町の狭すぎる人間関係の “しがらみ” を実感できるようになりました。

そう言えば私も、忠岡町に引っ越してきて間もない頃、役場1階の国保担当課の窓口で手続きをしていたら、5階の部署の職員(←私の知り合い)から「今、役場に来てるやろ?」と突然TELが来て、「忠岡町役場は一体、何という役所だ⁈  役場職員の誰が見張ってるかわからないなんて、あり得へん!!」と憤慨した記憶があります。

 

また、私に苦情・相談に来られた地元住民さんも、相談内容に古い体質の地元住民が含まれていると、「相談者がウチやとバレたら、もうこの村の中で生きていかれへん…!」と大そう不安がられるので、警察もマスコミも司法もある、この民主主義国家の現代日本で今どきあり得ない忠岡町内の陰湿な村体質に、正直、驚きました。

 

 

ハッキリ言って、

  • 村八分
  • 気に入らない相手の陰口・悪口を広めてそこに居れないようにする

などというのは、明らかな権侵害で、今どきの普通の感覚からすれば、野蛮としか言いようがありません。

そんな野蛮でコワイ地域に、誰が引っ越してきて住みたいと思うでしょうか?

忠岡町の古い村体質が忠岡町の発展を妨げていることは明らかです。

 

 

 

 

コッソリ座談会

〜水面下で割れている地元民地域〜

そんな忠岡町独特の土地柄があるせいか、この4月に配布した活動ニュースを見て始めて私の存在を知って下さり、「今までずっと、みんなが思ってたけど口に出して言えなかったことを言ってくれてスッとした!」とか「忠岡にもやっとこんな議員さんが現れてくれたかと思った」など、応援のメッセージを私の携帯に送って下さった町民の方々がおられましたが、そのメッセージ内容を見ても、やはり皆さん、「地元民なので、表に出ては応援できませんが…」と、コッソリ派の方ばかりでした。

 

そして先日、忠岡町内でも最もディープな地元民地域である生帰(しょうき)の年配女性グループの方々からも「活動ニュースを見て知った」とお声がかかり、忠岡町政について少しお話させて頂きましたが、やはりこの方たちも、「ほかの場所で勝元さんと会って、周囲に知られたら面倒なので…」と、周りの目を気にされていた様子。

 

そんな忠岡町民の住民性を考えると、いくら「皆さん、タウンミーティングを開催するので、集まって下さい!」と呼びかけても、顔がさすのを嫌がって、誰も集まってくれません。

議会の傍聴ですら、「議員・役場職員(→ 町内の知り合い)に顔がさすから行きたくない」という町民さんが多い忠岡町で、白昼堂々と町政に関心を持っている姿を見せること自体、どうやらタブーに近いことのようです。

 

しかし今、地縁・血縁もなく、会ったこともない私を応援して下さる地元住民さんたちがそれだけ多いということは、

  • 古く閉鎖的な “村体質”で、いつまでたっても良くならない忠岡町
  • 地縁・血縁重視の町政運営
  • これまでの「ありきたりの政治」

といったこれまでの忠岡町政に、いい加減、嫌気がさしている地元住民さんが非常に多いという証拠だと私は思っています。

 

実際、私の支援者さんたちが口を揃えて仰るのが、

「みんな思てるけど、言わへんだけ」

ということ。

 

あと、これもよく聞く声ですが、

「主人が忠岡の地元民だから、何も知らずに忠岡に嫁いできたけど…  とんでもないところで本当に苦労した」

と仰る年配女性の方が非常に多いのも、私の支持層の特徴です。

先日、お話した生帰の年配女性グループの方々も、「もしや…!」と思って聞いてみると、やはり、お一人を除いて皆さん忠岡とは関係のない地域から嫁いでこられた方たちでした。

 

 

もしかすると、地元住民の皆さんは、「勝元さんの支援者は、線路から山側の新興地域の住民が多い」と勘違いされているのではないでしょうか? それで、「自分の周りや地元住民は、反勝元派・反改革派だらけだ」と思い込んで、それぞれがコッソリと姿を隠して私を応援して下さっていますが、実は、フタを開けたら「意外と周りは味方(=改革を望む人たち)だらけ」なのではないか?と、私なんかは思っています。

 

 

そんなこともあり、先日の年配女性の方たちと話した時をモデルにして、コッソリ少人数での座談会、というか、日頃、忠岡町について思うことを自由におしゃべりする場を持ちたいと思っています。

 

特に、先日の6月議会での私の一般質問に対して和田町長がメチャクチャな答弁に代表されるように、私のことを「気に入らん!」といって潰しにかかってくる旧体制側の役場職員・議員もまた、地元民色の強い人たちであることから、私としては、

  1. 旧体制側は地元住民の声をきちんと反映しているのか?
  2. 旧体制側は地元住民の “風(世の中も忠岡町民の考えも変わってきていること)” を読めているのか?→ 特に、生帰から選出されている杉原議長や和田町長ら
  3. 地元住民の方々は、私に反発し、私を潰しにかかってくる旧体制側のことをどのように思うか?
  4. また、「忠岡町の発展」という観点からみて、「気に入らない相手は排除する」という、このままの忠岡で良いと思うか?
  5. 「子どもの教育」の観点からみて、このような考え方・振る舞いをする大人が多いことについてどのように思うか?

といったことを、色々と聞いてみたいわけです。

 

つまり、支援者住民(地元住民)と旧体制側の両方を見ている私からすれば、旧体制側(地元民色の強い議員・職員ら)と多くの地元住民の考え方がかなりズレていると感じていて、もはや、忠岡町の発展を妨げているのは、

  • 「オレらが忠岡町の大多数派で、忠岡町の中心集団なんだ」
  • 忠岡町では勝元派が超少数派で、ワケのわからんこと言っている勝元は地元住民から総スカンを喰らって嫌われている」

勘違いしている「旧体制側という一部の集団」であり、そんなごく一部の地元民集団が、住民を黙らせ、忠岡町政を牛耳っているのだと私は思っています。

だから、そうした旧体制側の誤った認識・勘違いを変えない限り、いくら私一人が議会の中で頑張っても、忠岡町の改革は無理だと私は感じています。

 

なので、地元住民さんたちと直接おしゃべりすることで、地元民の方々には忠岡町の “膿” について考えて頂き、また、地元住民の声を議会を含む町政に反映することで、旧体制側の議員・職員らの意識や考え方を変えていき、

最終的には忠岡町全体を「今時当たり前」に変えていきたい

と思っています。

 

 

コッソリ座談会の開催については、SNS等で呼びかけはしませんが、もし、このブログをご覧の町民の方で、いつか私から「コッソリお話を伺いたいんですが…」とお声がかかった方は、

コッソリ、ご協力をよろしくお願いします!